成人の発話障害について
言語聴覚士、英語ではSpeech-Language-Hearing Therapist。頭文字を取りSTと呼ばれることが多くあります。今回は「発話(スピーチ)」の障害について成人に絞ってご紹介します。
1.運動性の発話障害
皆さんの中に歯科で口の中に麻酔をされた経験をお持ちの方はいませんか? 口の中がしびれて感覚がなくなるとしゃべりにくいですね。では、もし感覚がないだけでなく、力が入らないために、口が閉まらず舌が上あごにつかなくなったらどうでしょう? 例えば口を開けたまま「ピタパ」と言ってみてください(おそらく上手に発声できないでしょう)。このように成人の発話障害の代表的なものは、くちびる・舌・頬などの発声発語器官の運動障害によって引き起こされます。原因疾患としては脳血管障害が多く、脳腫瘍や頭部外傷、パーキンソン病のような進行性の神経疾患でも生じます。
運動系の発話障害には、麻痺(まひ)によって発音が不明瞭になる他に、口の動きの速さやリズムの調整がうまくできずに、酔っぱらったような言い方になってしまうタイプもあります。また、言おうとしてもなかなか口が動かず、話し出すと小声で早口になってしまうというタイプもあります。また、こうした発話障害のある方は、声がかすれたり、力んで楽に発声できなかったり、ぼそぼそと小声になったりすることがあります。
発話障害に対するリハビリテーションは、症状や重症度に合わせて行います。例えば運動麻痺による場合は、まずくちびる、舌、頬などの運動の改善を図り、その上で発音の練習を行います。発話の速さの調節や抑揚の練習をすることもあります。発声に問題のある場合は呼吸から始めて自然な声が出るように練習します。重度でコミュニケーションがとりにくい場合は筆談、50音表、コミュニケーション機器などの代替手段も検討します。
発話の改善のためには繰り返し練習を行なうことの必要に加え、ご本人の発話に対する自覚も大切です。疾患によっては自分の発話の状態がよく分からない場合もありますので、周囲からの適切なアドバイスが重要となります。
2.もう一つの発話障害「発語失行」
実は運動系の発話障害以外に、大脳の前頭葉の特定の領域の損傷のために、発声発語器官に麻痺はないのにうまく発音できなくなる場合があります。これは発音時にくちびるや舌をどのように動かすかという発音の仕方が分からなくなるもので、「発語失行」と言います。ちょっと分かりにくい症状ですが、私たちが日本語にない外国語の発音を初めて学習する時の感じをイメージしていただくとよいかと思います。発語失行は運動機能に問題はないので、運動の範囲や力に関わりなく、同じ発音でもできる時とできない時があります。また、発語失行はしばしば失語症(=言葉の理解や正しい語の表出といった言葉の内容に関わる障害)に合併して生じます。
リハビリテーションは発音の仕方を再学習することから始めます。口の形や舌の位置を図で示したり、仮名を手掛かりにして練習することもあります。症状が軽くて話せる方でも、言いにくい音の組み合わせで詰まらないようにさまざまな言葉や文を練習します。
うまく発音できず言いたいことが言えないのは大変苦痛なことで、中には鬱(うつ)のような状態になったり練習を拒否する方もいらっしゃいます。言語聴覚士はこうした方々の心にも寄り添いながら、よりよいコミュニケーション方法を探っていきます。
(2016.11発行│広報誌「甲友会ナウ」No.35より)